志望動機が思いつかない場合は、まずは企業研究を念入りにやりましょう

私、本田技研工業を第一志望を考えているんだけど、志望動機が全然思いつかないの・・

きゃりあ屋

志望動機は中々思いつからね。しょうがないね

きゃりあ屋

企業研究とかはどんな感じ?

企業研究・・何それ美味しいの・・

きゃりあ屋

企業研究とは、企業の事を調べて「企業のやりたい事、欲しい人材」を把握する事ウホ

聞いた事あるわね・・・

きゃりあ屋

企業のやりたい事を理解しないと、相手のやりたい事を無視した志望動機になってしまうウホ

きゃりあ屋

相手のやりたい事を無視した志望動機は、


野球をやりたい生粋の野球少年を漫画研究部に誘うようなものウホ

それは場違いな話になりそうね・・・

きゃりあ屋

そんなわけで「本田技研工業とはどんな企業?」というのを理解する為に、本田技研工業の歴史について色々語っていくウホ

きゃりあ屋

語っていく内容は、ゴリラの主観を挟んだ伝え方をしている部分もあるウホ。


間違った内容なんかがあれば、Twitterとかで教えて欲しいウホ

バイクと車の文化を変えた本田技研工業

きゃりあ屋

本田技研工業は1950年代のバイク、1970~1980年代の日本車ブームを巻き起こした企業の一つウホ

きゃりあ屋

バイクが女性や老人などが気軽に乗れるようになったのも、車が若者も気軽に乗れるようになったのも本田技研工業の功績だと思うウホ

よくよく考えると、バイクと車のどちらでもトップシェアを取っているのはエゲつないわね。

きゃりあ屋

そうウホね。既存製品を万人向けに作り変える開発力とマーケティング技術はマジで最強ウホ

きゃりあ屋

特に本田技研工業のスーパーカブが世に出るまでは、


バイクは怖いお兄さんが乗るイメージが強かったウホ

きゃりあ屋

まあ詳細は歴史を見ながら、順を追って説明するウホ

ホンダの創業期

きゃりあ屋

本田技研工業は太平洋戦争が終わった1945年に、本田宗一郎によって作られたウホ

あ~本田宗一郎は有名よね

きゃりあ屋

本田宗一郎は相当な発明オタクで、


バイクや車などのメカニック以外に製塩機や合成酒なんかも作っていたウホ

きゃりあ屋

当時は静岡の小さい町工場で、資金ぶりも大分悪く潰れる寸前だったウホ

今の企業規模と比べると信じられない話ね

きゃりあ屋

ただ本田宗一郎の開発力は相当なもので、


浜松のエンジンと呼ばれていたウホ

きゃりあ屋

例をあげると、車や軍車などのエンジンを取り付けて、


最速30キロで走る自転車なんかを作っていたウホ

軍車のエンジンを自転車につけるとか、頭おかしいわね・・

まるでこち亀の両さんみたいね・・

きゃりあ屋

ゴリラの印象としても、本田技研工業はこち亀の両さんみたいな会社ウホ

きゃりあ屋

技術に関しても逆張りが非常に多く、販売戦略もゲリラ戦が大好きウホ

戦後のホンダの飛躍

きゃりあ屋

そんな町工場だった本田技研工業も


1949年に藤澤武夫を専務として迎え入れた新体制で大きく発展をするウホ

この人も名前だけ聞いた事あるわね。そんなに有名なの?

きゃりあ屋

MBAの講座でも取り上げられるぐらい有名で、


本田技研工業は販売の藤澤・技術の本田で成り上がったと言われている程有名ウホ

なんか宇宙兄弟みたいね・・

きゃりあ屋

その後、本田技研工業は静岡から東京に進出するようになったウホ

きゃりあ屋

この頃のバイク業界は、新規参入企業が非常に多く、今の8~9倍バイクメーカーがあったらしいウホ

まるで今のIT企業みたいね・・静岡の小さなバイクメーカーがもつのかしら

きゃりあ屋

本田技研工業の当時のメインバイクも「潰れるからやめとけ」と言ったらしいウホ

まあ、普通に考えたらそうよね。でも何か勝算はあったのかしら?

きゃりあ屋

以下2つの戦略を打って、本田技研工業はバイク業界を牛耳るウホ

①自転車店にバイクの営業を仕掛ける

きゃりあ屋

本田技研工業は販路拡大の為に、自転車店に営業を仕掛けるウホ

え!バイクを売るのに何で自転車店に営業したのかしら?

きゃりあ屋

自転車を買うユーザーの中に、バイクの需要がある事を見抜いていたウホ

きゃりあ屋

当時の自転車店はバイク店の2倍以上も店舗数があったからね。


かなり強大な販売網だったウホ

きゃりあ屋

この強固な販売網のお陰で、


本田技研工業のバイクは、全国1万店でバイク販売ができるようになったウホ

何でもアリね・・・

②ライトユーザーを取り込む為に、スーパーカブの販売を行う

きゃりあ屋

1958年に本田技研工業は、50ccバイクのスーパーカブを作ったウホ

あ~スーパーカブって、原付バイクで有名よね

きゃりあ屋

スーパーカブが出る以前のバイクって、


完全に男の乗り物で危ないお兄さんご用達のグッズだったウホ

きゃりあ屋

ただスーパーカブが出てきてから、


女性もバイクに乗り始めるようになり、バイク市場の全体像が大きく変わってしまったウホ

バイク業界を一変させてしまったわね!

きゃりあ屋

その後、本田技研工業は販売網の強化をする為、アメリカでバイク販売をするようになるウホ

きゃりあ屋

当時アメリカでは6万台しか保有されておらず、不良しか乗らない状況だったウホ

6万台!少な!

きゃりあ屋

長野県のバイク保有台数が6万ぐらいだからね。相当少なくいウホ

うーん、でも6万台しか売れてない市場で、どうやって売ったのかしら?

きゃりあ屋

釣り具屋、スポーツ店で販売したウホ

もはや乗り物屋ですらないのね・・

でも何で釣り具、スポーツ店に販売したのかしら?

きゃりあ屋

「釣に行く人やスポーツする人は、ニーズがかなり高かったから」だと言われているウホ

きゃりあ屋

山や海、川みたいな郊外に行くには結構歩くからね。


そういったレジャーをする為の移動手段として役立っていたみたいウホ

確かに郊外に出かけるには、自転車では、ちょっと時間掛かるからね~

きゃりあ屋

この戦略は大ヒットして、


本田技研工業のバイクは1970年には、日本の2~3倍以上売れるようになったウホ

凄いわね。国内よりも2~3倍も売れるのね・・

きゃりあ屋

このアメリカ進出のお陰で、本田技研工業の経営基盤がかなり安定してきたウホ。

きゃりあ屋

そして、ついに車事業にも取り掛かるウホ

ホンダの車事業進出

きゃりあ屋

本田技研工業はバイク市場で培った販売網を活かして、


車のカタログを置いて車を売らせるようにしたウホ

自転車屋にバイク売らせたり、バイク屋に車売らせたりして、何屋だかよく分かんないわね

きゃりあ屋

まあバイク事業は車とシナジーがあるからね。しょうがないウホ

確かに。私の兄も学生の時にホンダのバイク乗っていて、そこからホンダの車を買ったわね

きゃりあ屋

そんな感じで、お金のない発展途上国の人や先進国の若者にはバイクを提供して、


お金が増えたり家族が出来たら車を提供する戦略が打てるウホ

はえ~凄い戦略的

きゃりあ屋

そんなわけで、本田技研工業のバイクで培った販売網は車にも親和性があるだったウホ

きゃりあ屋

1980年代には車メーカー首位クラスの仲間入りウホ

車作り始めたのが、1970年あたりと考えると10年そこらで首位に躍り出たのね・・

競合がトヨタ・日産なのを考えると、もはやチートとしかいいようがないわね

ほかに勝因はあったのかしら?

きゃりあ屋

それぞれの時代別にトレンドを抑えたのがデカかったウホ

きゃりあ屋

1970年のオイルショックブームにのりエコカーのシビック、軽自動車のN360

きゃりあ屋

1980年はバブルブームにのり、デザイン重視のプレリュード・レジャー重視のシティなど


各時代のトレンドを抑えた戦略で上手くいったウホ

バブル期におけるトヨタの躍進

本田技研工業は車でも上手くいったのね

でも他の競合はどうだったの?

きゃりあ屋

競合でいったらトヨタが凄かったウホね。


トヨタは車の製造において、世界単位でインフレを巻き起こした企業ウホ

流石トヨタね。でもどんなインフレを起こしたの?

きゃりあ屋

車の製造時間を7割近く短縮させたウホ


(※ヨーロッパ車の製造時間と比較すると、1/10倍違うとか)

早スギィ!10日作るのに時間が掛かったものを3日で作るのかよ!これは勝負にならないわね

きゃりあ屋

しかも、1台あたりのコストは20万円程安くできたみたいウホね

20万円安くできたら、バイクが2~3台買えるわ。激安の殿堂でもビックリ・・

流石ねトヨタ。でも何でここまで、強かったの?

きゃりあ屋

徹底的な製造工程の強化だね。


ジャストインシステムとか仕組み化など、様々な施策があるウホ

きゃりあ屋

ただそれ以上に凄かったのは、他の車部品メーカーや系列会社との連携ウホね

きゃりあ屋

これが一番の勝敗を分けた要因だと思うウホ

メーカーとの連携?他の会社はやってなかったの?

きゃりあ屋

やっていたけど、連携レベルがトヨタだけ段違いだったウホ

きゃりあ屋

特に段違いだった点は以下3点あるウホ

トヨタの他企業の連携


①他の部品メーカーへのコンサルティングを行う

きゃりあ屋

トヨタは部品メーカーとの結束が非常に強く、


総合商社みたいに社員を出向させて、取締役として経営アドバイスや技術提供なども行うウホ

部品メーカーかしたら技術力も得られるし、経営ノウハウも得られるから一石二鳥ね

きゃりあ屋

そうだね。部品メーカーが成長すれば、


トヨタの利益にも還元されるというwin×winの関係ウホ

きゃりあ屋

しかも部品メーカーには、協豊会という部品メーカーの組合によって、


ノウハウ共有・交流の場を提供しているウホ

部品メーカーからしたら、トヨタとの縦の繋がりだけじゃなく、


他の会社との横の繋がりも得られるのね




②車部品の8割以上は、部品メーカーに作らせる

きゃりあ屋

トヨタ車の8割以上は、他の部品メーカーからの外注ウホ

え?8割も?他の車メーカーはどのぐらい部品を外注していたの?

きゃりあ屋

当時の海外メーカーなら2割、他の日本メーカーなら5割と言われていたウホ

ファ!多過ぎィ!トヨタ仕事しろ

きゃりあ屋

トヨタは組み立て・研究・販売に特化している。仕事自体はシッカリこなしてるウホ

でも自社で作った方がノウハウも溜まりそうよね・・

きゃりあ屋

まあ、しょうがないね車一台作るのに2~3万の部品が必要だからね

きゃりあ屋

全て自社でやってたら無理ゲーウホ

③タクシー市場の9割の車を牛耳っている

きゃりあ屋

タクシー車は1日に数百キロも走るから、


最新車の耐久・走行テストをするには持ってこいの産業ウホ

そういえば電気自動車のタクシーとか見た事あるわね

ハイブリッド車が流行ってない頃は、ハイブリッド車のタクシーとか見た事あるわ

きゃりあ屋

そのタクシー車の市場は、9割はトヨタが牛耳ってるウホ

9割・・殆ど独占市場じゃない・・

きゃりあ屋

そういう事ウホ。トヨタは他の会社と比べて、


走行実験をしやすいアドバンテージを持っているウホ

トヨタの連携力は凄いわね

でも、これだけ他の会社との関わりがあったら沢山売らないとキツいわよね

きゃりあ屋

その通りウホ.だから、トヨタ車は大衆車向けの車が多くなりがちウホ

あ~よく言われているわよね.「トヨタの車はつまらない」とか

きゃりあ屋

その通りだと思うウホ.車をただの走る箱にしてしまった一因に加担したのは間違いないウホね

バブル後、車はただの移動手段になる

え!どんな事をやったのかしら?

きゃりあ屋

やたら他の車メーカーの商品をパ〇ってくるウホ

・・これ話しても大丈夫?

きゃりあ屋

まあ、世間でも色々言われているし問題ウホ

きゃりあ屋

トヨタは色々な車メーカーの商品を〇クリ過ぎウホ

・・・

きゃりあ屋

実際、ホンダのモビリオスパイク・フリードもシエンタにpクられたと感じている人は多いウホ

きゃりあ屋

その影響もあってなのか?


1990年辺りから本田技研工業は、大衆車向けの車しか作らなくなるウホ

でも、パk・・リスペクトする事は悪い事じゃないんじゃない?

きゃりあ屋

そうだね。まあ経営戦術の一つウホ

きゃりあ屋

ただトヨタみたいな大規模な生産能力を持つ会社が、他の会社の車をパク・・オマージュし続けたらどう思う?

他の会社より沢山作って、安く売・・あっ(察し)

きゃりあ屋

結局はどんな車を作ったとしても、pク・・インスパイアされて安く販売されてしまうウホ

きゃりあ屋

1回や2回なら問題ないけど、トヨタの場合は疑われる事案が多過ぎるウホ

きゃりあ屋

こんな事を所構わずされていたら、新しいコンセプトの車なんて作れないウホ

若者が車を買わなくなったのは、トヨタが経営戦術が強過ぎる事が一因でもあるのね

きゃりあ屋

そうだね.まあトヨタが全て悪いだけじゃないんだけどね

他の要因は何なの?

きゃりあ屋

1990年辺りから、車は走りの部分ではなく、


燃費などのコスト面を重視されるようになってしまったウホ

確かに・・・。昔は走りに趣を置いたスポーツカーとか流行ってたわよね

きゃりあ屋

そうだね。今となってはスポーツカーとか完全に廃れて、エコカーの時代になってしまったウホ

きゃりあ屋

特にスポーツカーによく使われていたターボエンジンは、馬力が強い代わりに燃費が悪く廃れてしまったウホ・・・

そんなに違うものなの?

きゃりあ屋

走っていて非常に気持ちが良く、加速時にビュンとエンジンが掛かるウホ

きゃりあ屋

ゴリラが乗ってみた感想としては、
アクセルはマリオカートでキノコ使った時の加速感に近い疾走感があるウホ

ゴール手前でキノコ使うと気持ちが良いわよね

でもターボエンジンが廃れてしまったのね・・・

きゃりあ屋

そうだね。ターボエンジンが廃れて、


スポーツカーが売れなくなってから、車はただの移動手段に成り下がってしまったウホ・・・

きゃりあ屋

更に1970年には、日本車に太刀打ちできなかった外資系車メーカーも製造ノウハウを得て、


1990年ぐらいからシェアを取り替えしてきたウホ

きゃりあ屋

ターボエンジンをメインで扱っていたメーカーは外資系企業に買収されていくウホ

マツダ・日産の事ね

きゃりあ屋

この時期は、本田技研工業もかなり追い込まれていくウホ

ホンダも追い込まれるのね・・・

バブル後の巻き返しとホンダの大衆車戦略

でも本田技研工業はどうやって、この状況を巻き返したのかしら?

きゃりあ屋

大衆向けに車作りを行いシェアを奪回していくウホ

きゃりあ屋

1990年からはインテグラ・アスコット。


ファミリー向けにステップワゴン、オデッセイなどを販売していったウホ

どれも凄い有名ね!

きゃりあ屋

そうウホ良い車ウホ。

きゃりあ屋

ただナンパ車で有名だったプレリュード ・馬力が高いシビックみたいな


クセの強い車と比べると大分薄味になってきたと感じるウホ

・・・

きゃりあ屋

そこから本田技研工業は、従来の車以外の様々な新技術の開発を行うようになるウホ

きゃりあ屋

トヨタと共同でハイブリッドカーの研究を行い、1998年にインサイトを販売するウホ

この時期からハイブリッドカーって流行るのね

トヨタのプリウスとかも有名だったわね

きゃりあ屋

そこから2000年に2足歩行ロボットASIMO、2002年に燃料電池自動車CFXを販売するウホ

凄いわね!流石、技術のホンダね

でも何でこんなに技術力が高かったのかしら?

きゃりあ屋

一番大きい要因は、本田技研工業と独立して本田技術究所を作った事ウホね

きゃりあ屋

本田技術研究所は、エンジニアやデザイナーが独立した研究をする為に作られた会社ウホ

きゃりあ屋

この研究所では、車やバイク以外にも


ボート・農機・飛行機に使うエンジンからロボット・遊具・食器など様々なものを作っているウホ

凄いわね。民間の企業で独立した研究組織を持っているのね

これ程の技術があれば、何でもできそうね

今後の本田技研工業はどうなるのかしら?

きゃりあ屋

まだ分からないウホ。ただ今後は車事業に拘った経営方針は行わないと思われるウホ

え?何で?

きゃりあ屋

今後、電気自動車や自動運転車が流行ると、車の構造は大きく変わる可能性が高いウホ

そんなに変わるのね

きゃりあ屋

電気自動車なんかは、部品の数を半分以上に抑えて車を作る事ができるウホ

それは大きく変わりそうね・・

きゃりあ屋

また自動運転車は、様々なIT企業が新規参入してくるウホ

きゃりあ屋

こういった話は50年~100年先の話になるから、何とも言えないウホ

近場の10~20年単位だと、どうなるのかしら?

きゃりあ屋

今は日本の車市場が冷え切ってるからね。今後は海外に行くor車以外の事業に注力する事は確実ウホね

きゃりあ屋

また、今後はどこかの外資系企業と提携する確率は高いウホね

きゃりあ屋

現在ホンダはGMと提携しているけど、


それ以上に他の車メーカーは、それ以上に提携合併を行なっているウホ

トヨタ連合軍
トヨタ・マツダ・スズキ・ダイハツ・スバル・BMW


日産連合軍
ルノー・日産・三菱自動車・フォード・ダイムラー

成る程ね・・。そうなるとどんな人材が欲しくなるのかしら?

きゃりあ屋

メンタル的にもタフ・色々な人や国と幅広いコミュニケーションが取れる人ウホね

きゃりあ屋

海外支社を立てあげたばかりの時は、


どんな大手企業でもベンチャー企業みたいな働き方になるウホ

きゃりあ屋

そうなると、数字を追う事・何もない所から築き上げる力が必要になるウホ

海外支社の立ちあげとか華やかそうに見えるけど、


実際は病んじゃう人とか多い厳しい仕事だもんね

きゃりあ屋

また色々な人や国と関わる力は、車メーカーなら必須能力と言えるウホね

きゃりあ屋

車を作るには、様々な部品メーカーと連携する必要があるし

きゃりあ屋

今後、どこか提携先が増えるとなると、


求められるコミュニケーション能力は広いものになるウホ

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