(面接・志望動機作りに役立つ)武田薬品工業の歴史とビジネスモデル

Q1
面接は5回以上、受けた事がありますか?
きゃりあ屋

「就活どうしよう?」とお悩みの方は、上の質問に回答してみると良いウホ

きゃりあ屋

そうすれば、回答内容に合わせてオススメの記事やサイトを紹介するウホ

面接で企業研究ができておらず、志望動機が思いつかない人・面接で躓くは結構多い

面接で志望動機が思いつかない場合は、まずは企業研究を念入りにやりましょう

武田薬品工業を第一志望を考えているんだけど、志望動機が全然思いつかないの・・

きゃりあ屋

武田薬品工業が第一志望、MR志望かな?珍しいウホね

きゃりあ屋

まあ志望動機は、色々な学生が困るポイントだからね。思いつかないのは、しょうがないウホね

きゃりあ屋

企業研究はどんな感じ?

企業研究・・

きゃりあ屋

企業研究とは、企業の事を調べて「企業のやりたい事、欲しい人材」を把握する事ウホ

そういったものもあったわね・・・

きゃりあ屋

企業の事業方針、やりたい事を把握しないと、相手のやりたい事を考慮しない志望動機になってしまうウホ

きゃりあ屋

相手のやりたい事を無視した志望動機は、野球をやりたい生粋の野球少年を漫画研究部に誘うようなものウホ

おかしな話になりそうね・・・

きゃりあ屋

では今回も武田薬品工業のやりたい事を理解する為に、武田薬品の歴史について色々語っていくウホ

きゃりあ屋

語っていく内容は、ゴリラの主観を挟んだ伝え方をしている部分もあるウホ。


間違った内容なんかがあれば、Twitterとかで教えて欲しいウホ

日本の製薬会社の歴史を変えた会社:武田薬品工業

きゃりあ屋

武田薬品工業は、
日本の製薬業の構造を大きく変えた会社でもあり〜

きゃりあ屋

時代によって製薬業界での立ち位置が変わる面白い会社ウホ

どんな風に変わるのかしら?

きゃりあ屋

こんな感じウホね

■武田薬品のポジションニング
戦前:薬の卸会社
戦中:製薬会社
戦後(昭和):ジュース屋さん
戦後(平成):製薬会社

ジュース屋さんって何だよ笑

こんなに事業方針変えていたらメチャクチャになりそう

きゃりあ屋

つい最近まで、
一族経営というトップダウン体制だったからこそできた技ウホ

え?武田薬品って一族経営だったの?

きゃりあ屋

そうウホ。
基本は武田一族の武田長浜衛(1〜6代目)がずっと運営していたウホ

6代目までいるのかよ。ナルトの火影みたいね

きゃりあ屋

まあ、製薬メーカーは一族経営の会社が多いからね。
そんなに珍しい事でもないウホ

きゃりあ屋

実際、エーザイや塩野義製薬、大塚製薬なんかも一族経営ウホ

思った以上にしがらみが多そうな業界ね

きゃりあ屋

一族が優秀であれば、
優秀な経営者が安定的に続けるウホ
捉えようによっては一族経営もプラスに働くウホ

きゃりあ屋

そこら辺は歴史を見ながら確認していくウホ

江戸時代:武田薬品の成り立ち

きゃりあ屋

江戸時代1750年に、
武田長浜衛(1代目)によって近江屋(旧:武田薬品工業)が創業されるウホ

凄い昔からある会社なのね〜

きゃりあ屋

ただ、昔は製薬会社というよりも
薬の卸業をやっていた会社だったウホ

なんか地味ね

きゃりあ屋

まあ、それなりに需要があったみたいウホね。
特に薬なんて、口に含んだら何かしら副作用がある製品だからね

きゃりあ屋

そこら辺をしっかり把握している薬の卸というのは、それなりに貴重だったウホ

えー、薬って口に含んだら副作用があるの?

きゃりあ屋

どんな薬でも副作用あるウホ。
ドラクエの薬草、FFのポーションみたいに、
無条件で回復できるアイテムは存在しないウホね

きゃりあ屋

だから、薬の効果と副作用は把握してないと〜

きゃりあ屋

ほとんど健康な人に効き目が強く副作用の強い薬を飲ませたり、
重体の人に副作用は弱く効き目も弱い薬を投与してしまうウホ

薬って思いの他、取り扱いが難しいのね

きゃりあ屋

しかも、薬は品質管理が難しい商品だから、流通もそれなりに大変でダメになっている薬も多かったウホ

化学物質だもんね。光や温度、湿度なんかで変化を受けると色々悪い事になりそうね

これは近江屋みたいな薬の見極めができる卸が必要になるわね

きゃりあ屋

そこから、長浜衛(4代目)の時代に、明治時代になり大きな転機を迎えていくウホ

明治時代:明治維新と貿易の発展

きゃりあ屋

明治時代になり、今まで長崎にしかなかった港町が増えてきて、
手軽に西洋からの物資が来るようになったウホ

教科書でやったわね。文明開化の時代ね

きゃりあ屋

文明開化の影響から、
西洋医学によって作られた薬を輸入できるようになったウホ

きゃりあ屋

この時、西洋の薬をいち早く導入したのが近江屋だったウホ

他の会社は西洋の薬を取り揃えなかったの?

きゃりあ屋

後々はやるけど、すぐにはできなかったらしいウホ。
語学や西洋薬学の理解がないと取り揃えなかったから、結構ハードルが高かったウホ

きゃりあ屋

当時の近江屋は組合を作って、西洋薬学の理解や語学の壁を超えていったウホ

へー!凄いチャレンジングね〜

きゃりあ屋

ただ、輸入されてきた薬品の中には、
粗悪品が多かった為、いつしか薬品の輸入業に限界を感じるようになるウホ

えー、ひどい。どうにかならなかったの?

きゃりあ屋

どうにもならないウホね。
当時の航海技術では、物資を送るのが限界ウホ

きゃりあ屋

薬品の品質管理は今と比べると比較にならないウホ

きゃりあ屋

また、この時代は薬品製造の技術が低い会社が多く、
国内の薬品も粗悪品が非常に多いというデンジャラスな状況だったウホ

国産・輸入品どっちを取っても粗悪品の可能性ありとか薬品ガチャかしら?

きゃりあ屋

一定の確率でスーパーレア(粗悪品)にも当たる可能性があったウホね

きゃりあ屋

そこで当時の近江屋は、創薬事業を自社で作る前に、1890年辺りから製薬の試験体制を徹底的に整えたウホ

きゃりあ屋

この薬品試験のパフォーマンスはかなり高く、
国の衛生場でOKが出ても、近江屋の試験場ではNGが出る事もあったらしいウホ

品質の良い薬品を見分ける事ができたら、
薬品作りも大分楽になるわよね。賢い戦略ね!

きゃりあ屋

製薬の試験体制を固めた近江屋は、
1895年に薬剤師内林直吉を雇って、薬品の製造

きゃりあ屋

1914年に研究所を作り、
自社で創薬を行う体制を完備したウホ

へー凄いトントン拍子ね

きゃりあ屋

当時の製薬会社は、
新たしい薬品を創る事を念頭に置いたバイオベンチャーみたいな会社が多かったからね

きゃりあ屋

それに対して、
安心安全な薬品を効率良く創る事に振り切ったのが、勝因と言えるんじゃないかな?

はえー。薬を見分ける事に困っていた卸会社らしい発想ね

きゃりあ屋

この時代の製薬会社は、卸業から上がってきた会社が強く。
塩野義製薬や田辺製薬なんかも卸から力をつけてかたウホね

大正・昭和時代:戦争により薬の製造・開発需要が増加

きゃりあ屋

そこから時は経ち、
第一次世界大戦や第二次世界大戦などの戦争時代に入るウホ

きゃりあ屋

第一次世界大戦の時には、
ドイツからの輸入が困難になった為、自社で作った薬がかなり売れたらしいウホね

海外から薬が来る時は、卸業に集中して
海外から薬が来なくなったら、創薬をし始める上手い切り替えね〜

きゃりあ屋

まあ、この頃はドイツから薬が貰えなかったり、太平洋戦争でアメリカから輸入網を抑えられたから〜

きゃりあ屋

国内の製薬会社で薬が作れないと死に直結したからね。
国の支援も色々あったみたいウホ

そう考えると、近江屋も製薬会社にスイッチしやすい環境だったのかもね

きゃりあ屋

薬を作るのって凄い難しいからね。
手堅いように見えるけど、実際はかなりギャンブルなビジネスモデルウホ

え?そうなの?

きゃりあ屋

そもそも薬は病気を消すものを作るだけでなく、副作用を加味した、体に入れた後の検査も必要になるウホ

そうなると・・。折角作った薬が副作用が見つかりパーという事もありそうね

きゃりあ屋

しかも、薬を作るには研究・製造・検査ができる設備を作らないとダメウホ

検査で作った薬がおじゃんになる可能性もあり、設備投資も大きい・・。
ギャンブルなビジネスね

きゃりあ屋

まあ昔は、今と違って国の助けもあり、かなり美味しい時期に薬を作れたウホ

きゃりあ屋

特に戦火の東南アジアや沖縄ではマラリアや赤痢などの病気が流行していたからね

きゃりあ屋

これらを治療する薬の需要はかなり高かったウホ

近江屋は何を作っていたの?

きゃりあ屋

鎮痛剤のノボロフォルムやブドウ糖注射のロヂノン、甘味料のサッカリンなどだね

あー戦争だと
痛みを和らげたり、栄養摂取は必要不可欠だもんね

きゃりあ屋

特に栄養や甘味料の研究は、
戦後直後に他の製薬会社と差をつける大きな要因になったウホ

昭和(戦後)時代:ビタミンジュースによる発展

きゃりあ屋

戦後に近江屋は、武田薬品工業に社名変更して、武田長兵衛(6代目)による新体制で経営が始まるウホ

ふーん、”新体制”ってどんな感じだったの?

きゃりあ屋

製薬だけでなく、多角化経営を進めていき農薬・食品・飲料など色々なものを売ったウホ

きゃりあ屋

戦後はあらゆる物質がなかった時代だからね
この戦略はかなり正しい戦略だったんじゃないかと思われるウホ

ふーん、売れ筋はなんだったの?

きゃりあ屋

ビタミン剤のアリナミン、栄養ドリンクのプラッシーはかなりの人気を誇ったウホね

戦後直後は栄養失調がかなり多く、甘いものも貴重だったもんね

この当時に美味しいビタミンドリンクは、かなり売れるわね

きゃりあ屋

ただ当時は飲料メーカーに卸は抑えられていて中々売れなくて苦労したらしいけどね

どうやって売ったの?

きゃりあ屋

米屋を使ったウホね

米屋?売れるのかしら?

きゃりあ屋

当時の米屋はサザエさんの三河屋さんみたいな感じで、
定期的に家庭に訪問販売していたからね。かなり強力なセールスマンだったらしいウホ

きゃりあ屋

しかも米屋としても売り物が増えれば、お客さんも喜ぶし、自分達の懐も暖かくなるウホ

そう考えると斬新な方法ね

きゃりあ屋

この米屋を使った販売手法で、農薬や化粧品・食料品もバンバン売り出し〜

きゃりあ屋

売れたら一般の小売店にも売っていったらしいウホ

販売網の拡大の仕方が美味いわね。流石は元卸会社ね

きゃりあ屋

ただ、武田薬品の快進撃も陰りが見えてくるウホ

え?

昭和時代(高度経済成長期):武田薬品の失墜と抗生物質の発展

きゃりあ屋

1960年には、百貨店やスーパーなど幅広い品揃えの小売店が出始めて、徐々に米屋を使う人が減っていったウホ

きゃりあ屋

そのおかげで、武田薬品が抑えていた米屋ルートが微妙になってきたウホ

普通にスーパーとかの方が安そうだし、品揃えも良さそうだもんね

きゃりあ屋

しかも、競合企業として、リポビタンDを作る大正製薬、チョコラのエーザイなどが出てくるウホ

こちらの強みは減っているのに、競合が増えてくるとは最悪の状況ね・・

きゃりあ屋

しかも、更に悪い事が続いたウホ

きゃりあ屋

栄養バランスの高い食事ができるようになった事で、
ビタミン剤の需要がかなり減ったウホ

きゃりあ屋

この時、武田薬品の製薬事業の売上は、
ビタミン剤で半分確保できていたウホ

国民が健康になったから良い事なんだけど、
これは武田薬品にとって良くないわね

きゃりあ屋

病気が解決できれば、薬の需要はなくなるウホ。しょうがないね

うーん、国民が健康になれば成る程儲からなくなる。難しい産業ね

栄養失調の次はどんな病気を退治する必要が出てきたのかしら?

きゃりあ屋

1970〜1990年のトレンドは感染症ウホね

きゃりあ屋

この時代は感染症を治す為の抗生物質が流行したウホ

きゃりあ屋

この時代はアステラス製薬の前身である
藤沢製薬や山内製薬がシェアを伸ばしたウホね

この時の武田薬品はどうだったの?

きゃりあ屋

目立った新薬はできていないウホね

これはマズいわね

きゃりあ屋

更に1980年には武田長兵衛(6代目)が急死するウホ

あれ?6代目って確か、最後の武田長兵衛じゃなかったっけ?

きゃりあ屋

そうだね。これにて”長兵衛”という名前は使われなくなったウホ

この後バブル崩壊もある事を考えたら詰んでないか?

きゃりあ屋

いや、ここから武田薬品の挽回劇が始まるウホ

平成時代:薬が作れない時代に突入

きゃりあ屋

1991年は製薬業界に激震が走るウホ

え?何が起こったの?

きゃりあ屋

主に2点ウホ

①薬の価格は国が算定する事になり、製薬メーカーが価格を決められなくなる

きゃりあ屋

薬の価格はシステムがちょっと複雑で、
以下のような仕組みになっているウホ

ん?これを見る限り、製薬会社が薬の安売りを始めたら、病院の売上が増えるのね

あれ?でも、これって製薬会社が医者に安売りし始めたらマズくない?

きゃりあ屋

医者が安いから薬を使うようになったら、色々怖い社会になるウホね

きゃりあ屋

その為、薬の薬価は1991年から国に決められるようになるウホ

まあ、医療の安全の為にはしょうがないわよね

②製薬販売を行う際の営業活動ができなくなる

きゃりあ屋

製薬メーカーは、医者に営業をする事ができなくなったウホ

え?じゃあどうやって薬を売るの?

きゃりあ屋

ニーズがありそうな医者に、薬の情報を提供するという程で〜

きゃりあ屋

営業にならないラインを突いた営業トークやプレゼン資料で販売するウホ

そんなんで売れるのかしらね?

きゃりあ屋

極端な事言うと、他の商材と比べて営業マンによる差別化は難しいウホね。それよりも〜

きゃりあ屋

権威のある医者に講演会をやってもらう事・ニーズのあるお医者さんを見つけていくマーケティングと~

きゃりあ屋

製品力の商品を持つ為の資金力が重要になってきたウホ

武田薬品は大丈夫なのかしら?
こんな激動の時代の中、何か手を打てたのかしら?

きゃりあ屋

特に武田家3男の武田國男が社長になった時には、体制が変わったウホ

ん?三男がいるなら、この人に武田長兵衛の名前を継がせればよかったのに?

きゃりあ屋

それもあったかもしれないけど、6代目からは相当なドラ息子だと思われていたからね。それは無理だったウホ

酷い話ね。実の息子にドラ息子なんて・・

きゃりあ屋

いや、本人が書いた本を見る限り、本当にドラ息子だったウホ

以下、武田國男の伝説


・仕事をサボって映画を見る
・就職試験の問題が分からず、白紙で出した
(※白紙で出そうとしたら、人事に「一二行は書いてくれないと困る」と言われたらしい)
・仕事ができないから、色々な部署を転々とさせられていた
・”武田家の大政奉還”と書かれた記事を見たが、大政奉還という単語を知らなかったので意味が分からなかった

何だこのオッサン・・これは(長兵衛の名を)与えらんねーわ

きゃりあ屋

ただ、この武田國男は、
武田系列の米TAP社にてガン治療薬ニュープリンの開発を成功させてから〜

きゃりあ屋

トントン拍子で成果を残していくウホ

なにをやったの?

きゃりあ屋

主に3点を行ったウホね

①カンパニー制を導入して、部署間の垣根を無くす
きゃりあ屋

当時の武田薬品の部署は、かなり事細かく別れていたウホ

きゃりあ屋

このような細かい部署構成は、部署毎の専門性を保てるけど

きゃりあ屋

技術の応用性や広がりがなくなり、視野の狭い仕事しかできなくなってしまうウホ

大手企業って、部署を細かく分けたがるイメージがあるわね

きゃりあ屋

しょうがないね。管理職増やす為には、部署を沢山作らないといけないからね

きゃりあ屋

大手企業の部署が無駄に増えてしまうのは、
こういった社員への気遣いで生まれてしまうウホ

きゃりあ屋

そこで武田國男は部署の数を減らしまくったウホね

そこをぶった切ったのは凄いわね。反感きそう

きゃりあ屋

また、そこに今まで行っていた部署制度を廃止して、カンパニー制を導入して、部署の数をコンパクトにして責任を持たせたウホ

きゃりあ屋

実際、武田國男社長宛に
匿名で「お前みたいなボンボンに何がわかる」みたいな手紙が何通も来たらしいウホ

②コンピテンシー制を導入

きゃりあ屋

成果にひもづく人事制度を導入する為、
コンピテンシー制を導入したウホ

コンピテンシー制って何かしら?

きゃりあ屋

一言で言うと、成果だけでなく成果に行くまでの過程も重視する人事制度ウホ

きゃりあ屋

まあ、現代の就活の面接でも使われている人事制度ウホね

ゲッ!これは良く学んでおかなければ!

きゃりあ屋

この当時、富士通・三井物産・ナムコ・キリンなど様々な企業が
成果主義でやらかしまくった事を考えると〜

きゃりあ屋

この成功は、今後の日本の人事制度を変えるキッカケになったと言われているウホ

へー凄い!何でそんな事になったのかしら?

きゃりあ屋

「自分がサボるのは良いけど、
他人がサボるのは許せない」という武田國男の意向からウホ

ほう。これがタケダイズムというやつですか笑

③製薬以外の無駄な事業部門を売却

きゃりあ屋

武田薬品は当時持っていた食品部門など
利益率の低い部門を潰したり、売却していったウホ

まあ、バブルも終わっているから余裕ないわよね

きゃりあ屋

ただ、こういった部門を潰すとなると失業者や役職を失う人が沢山出てくるウホ

きゃりあ屋

しかも、製薬みたいな専門性が要求される分野でこういった事となると・・・

あっ・・(察し)

きゃりあ屋

最近は化学メーカーや製薬メーカーでも
ITベンチャーみたいにスクラップ&ビルドを繰り返す会社があるけど〜

きゃりあ屋

こういった会社に入る時は、安定はあんまり求めない方が良いウホね

④積極的な海外展開で、海外に研究所や販売会社を作りまくる

きゃりあ屋

ぶっちゃっけコレが一番の成功ウホね

きゃりあ屋

日本の製薬業界はアメリカなどの市場と違い〜

きゃりあ屋

値段が決められない&販売促進活動がやり難い
という縛りプレイを要求される市場ウホ

アメリカではどうだったの?

きゃりあ屋

値段が決められるし、販売促進活動を自由にできるウホ

きゃりあ屋

しかも、日本よりも薬の副作用を調べる検査が少なくて済むウホ

それじゃあアメリカで作って売った方が効率良くない?

きゃりあ屋

その通りウホ。実際、武田國男社長もアメリカの子会社で働いていた時に〜

きゃりあ屋

アメリカ市場の有用性については気づいたみたいウホね

きゃりあ屋

だから、武田薬品は他のメーカーよりもアメリカ市場の展開が早かったウホ

へー、ドラ息子が世界No1の製薬会社を作り直したのね

まるでサクセスストーリーみたい

きゃりあ屋

そうだね。
武田國男の逸話は有名で本もあるから、見てみると良いウホ

これで武田薬工業も安定ね

きゃりあ屋

いや・・・
ここから、また戦乱の時代になるウホ

2010年:製薬業界の危機と大合併とファイザーモデルの流行

きゃりあ屋

医療や薬品の技術が発展した事により、
様々な病気がなくなっていったウホ

きゃりあ屋

特に天然痘や梅毒、マラリアみたいな感染症は、人から人に移る病気でもあるから〜

きゃりあ屋

病人の数を減らす程、病気自体を根絶する事に繋がるウホ

良い事ね!病気自体が減るのは!

きゃりあ屋

ただ、感染症などの病気が無くなる事によって、
製薬会社の仕事も徐々に減っていったウホ

でも、それでもエイズとかガンとか病気って沢山あるでしょ?
そっちをどうにかすれば良いんじゃない?

きゃりあ屋

そう簡単は話でもないウホ。薬には副作用があるウホ

あっ!そっか。副作用があるのね・・・

きゃりあ屋

仮に病気を治せたとしても、
人間の体を壊してしまうものだったら意味はないウホ

きゃりあ屋

しかも、近年では副作用を見分ける技術も発展してきて、
ほんの少しでも副作用の危険性がある薬は作らなくなったウホ

きゃりあ屋

実際、タミフルなんかがその典型例ウホね

タミフル・・
あの飲んだら精神異常を起こす薬ね!
あんなの危険よ!

きゃりあ屋

本当にそうかな?
確かに飲んだら副作用を起こす危険性はあるウホ。
でもその確率は、1/4,000,000ウホ

んにゃぴ?数字が大き過ぎてわからないわね

確か交通事故の確率が1/13,000じゃなかった?

きゃりあ屋

そうだね
ついでに雷で死ぬ確率が1/79,746ウホね

きゃりあ屋

だから、今の日本の製薬会社は、
そんな天文学的な数字を気にしなくてはいけないウホ

そんな事気にしてたら、薬なんか作れないのでは?

きゃりあ屋

その通りウホ。今の製薬会社は薬を作れなくなっているウホ

どうすりゃいいんだ・・

きゃりあ屋

そこからファイザー社を中心とした外資系製薬会社がM&Aをしまくるウホ

ファイザー?

きゃりあ屋

アメリカでも最も有名な製薬会社ウホね。クエン酸・ペニシリン大量生産の成功・バイアグラなどで有名ウホね

バイアグラ・・

きゃりあ屋

ファイザーが1990年からワーナーランバード社を買収して得たリピトールは、年間40億ドルの儲けを作った化け物薬品ウホ

ファッ!年間40億ドル・・
軽く見積もっても4000億円もあるのね・・

きゃりあ屋

オンラインゲーム市場が年間2000億円とかだらね。この年間4000億円の売上はキチガイとしか言えないウホね

もはやチートね。こりゃM&Aするしかないわね

きゃりあ屋

このような流れは「ファイザーモデル」と言われて、こ2000年から日本や海外の製薬会社の合併祭りが起こしたウホ

もはや、何と何がくっついたか?よく分かんないわね・・

きゃりあ屋

特に外資はM&Aしまくって、
薬はめぼしいものを作ってないけど、
売上規模が2〜3倍の企業がバンバン生まれてしまったウホ

武田薬品工業の今後と求める人材像

今後の武田薬品はどうなのかしら?

きゃりあ屋

大まかな方針としては、
それぞれの時代のニーズが大きい領域に対応する方針を取ってくるだろうね

まあ、それが今までの勝ちパターンがそうだったからね

きゃりあ屋

特に今だと、生活習慣病や消化器疾患、オンコロジー(ガン)などのメジャー処を押さえているのが強いウホね

きゃりあ屋

今後は神経領域を強化する為に、
シャイアー社を買収して〜

きゃりあ屋

認知症・ADHD・不眠症などに対応する神経領域も強化していくみたいウホ

特に不眠症やADHDは最近流行ってるもんね〜

きゃりあ屋

まあ、今の世の中だと
天然痘やペストみたいな命に関わるものだけが病気とも限らないからね

きゃりあ屋

生活習慣病の次は、神経症が世界でメジャーになると恐らく考えてるんじゃないかな?

きゃりあ屋

特にアメリカやヨーロッパだと不眠症、ADHDはかなり流行しているからね。
良い言い方ではないけどビジネスチャンスウホね

やっぱり、製薬会社は海外に行くのね・・

きゃりあ屋

そうだね。今の日本だと薬は作りにくい上に、売りにくいからね

きゃりあ屋

また売った後に
1/4,000,000の副作用を問題してくる国では極力薬なんて売りたくないウホ

うーん・・・

きゃりあ屋

更に日本は医療費削減のしわ寄せが薬にいき、製薬メーカーに対して厳しい国になってきたウホ

そのうち、日本から製薬メーカーがいなくなる可能性が微レ存

きゃりあ屋

まあ、そういう意味では武田薬品が海外に軸足を移しているのは正しい選択だと思うウホね

きゃりあ屋

正直、日本の製薬業界は会社の方針や技術力がと言うよりも国の制度・仕組みからしてアレだからね。しゃーないウホ

そうなると、武田薬品では今後どんな人材が求められるのかしら?

きゃりあ屋

色々あるけど、様々な人に対応できる人材である事は絶対必要ウホね

きゃりあ屋

また、武田薬品は成果主義を尊重している会社だからね。
主体性や社会人として相応しい自立した考え方を持っているか?も要求されるウホね

MRって、めちゃくちゃ勉強しないといけないもんね。
特に武田薬品みたいな扱う商品が多いと、余計に自立している事が重要そう

きゃりあ屋

あとは可能であれば、学生時代に自分一人では、背負いきれないような責任あるポジションにチャレンジしてみると良いウホ

まあ、製薬業界って人の命に関わる業界だからね。責任感は欲しいわね

きゃりあ屋

そうだね。特にMRであれば、プレゼンで言ってはいけない表現使ったら、コンプライアンス違反になるからね

え!厳しいわね

きゃりあ屋

講演会のお弁当ですらチクチク言われる業界だからね。コンプライアンスが厳し過ぎるウホ

きゃりあ屋

また、武田薬品はコンプライアンスという意味でイエローカードを何枚か貰ってるからね

きゃりあ屋

一人の人間として、責任感があり自立している事は重要ウホね

きゃりあ屋

説明会の口コミバイトについて募集している ウホ。

きゃりあ屋

就活生の方で、興味がある方はTwitterのDMにて連絡欲しいウホ。1社の説明会につき1000円支払うウホ

きゃりあ屋

また、この記事の中で探し物がある場合は、下記の検索窓からググって欲しいウホ

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きゃりあ屋ゴリラ

人材業界のマーケティング職に就労するゴリラ。